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横浜地方裁判所 平成3年(行ウ)1号 判決 1996年3月25日

神奈川県平塚市南金目一〇五七-三

原告

浅見一男

右訴訟代理人弁護士

中込光一

岡村共栄

岡村三穂

三竹厚行

神奈川県平塚市松風町二番三〇号

被告

平塚税務署長 近藤恒夫

右指定代理人

矢澤敬幸

清住碩量

渡辺進

池上照代

中道衆矢

吉原利弘

篠原正明

増渕実

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一請求

一  被告が、平成元年三月一四日付けで原告の昭和六〇年分の所得税についてした更正のうち、所得金額二一四万二九九五円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

二  被告が、平成元年三月一四日付けで原告の昭和六二年分の所得税についてした更正のうち、所得金額五三〇万二二一〇円を超える部分及び過少申告加算税の賦課決定を取り消す。

第二事実の概要

一  本件は、水道衛生工事業者の原告が、被告係員による所得税調査の際、他の者が立ち会うことを認めるよう求めたところ、これを拒否され、右調査に応じないとして、推計に基づく確定申告の総所得額の更正をされ、過少申告加算税の賦課決定を受けたことについて、そもそも推計の必要性がないばかりか、その推計の内容自体も不合理なものであり、また、原告がした実額反証による所得額が正しいから、被告のした右更正及び過少申告加算税の賦課決定は違法であるとして、その取消しを求めている事件である。

二  争いのない事実

1  原告は、肩書住所地で水道衛生工事業を営む、いわゆる白色申告の個人事業者である。

2  原告は、被告に対し、昭和六〇年分及び昭和六二年分の所得について、別表一・二の各確定申告欄記載のとおり申告(昭和六〇年分の総所得金額は、事業所得一七八万〇九三〇円と同額であり、昭和六二年分の総所得金額は、事業所得二七一万八六二九円から短期譲渡所得二万五〇〇〇円を控除したもの。)したところ、被告は、平成元年三月一四日付けで、昭和六〇年分及び昭和六二年分の所得金額を別表一・二の各更正・賦課決定欄記載のとおり更正(昭和六〇年分の総所得金額は、事業所得五一二万三二六六円と同額であり、昭和六二年分の総所得金額は、事業所得七九四万六五三四円から短期譲渡所得二万五〇〇〇円を控除したもの。以下「昭和六〇年分更正処分」及び「昭和六二年分更正処分」という。)し、かつ過少申告加算税の賦課決定(以下「昭和六〇年分賦課決定」及び「昭和六二年分賦課決定」という。)をした。

3  原告は、被告に対し、昭和六〇年分更正処分及び昭和六二年分更正処分について、別表一・二の各異議申立て欄・審査請求記載のとおり各異議申立て及び審査請求(異議申立てにおいては、昭和六〇年分の総所得金額は、事業所得一七八万〇九三〇円と同額とし、昭和六二年分の総所得金額を事業所得二六九万三六二九円から短期譲渡所得二万五〇〇〇円を控除したものとしたが、審査請求においては、昭和六〇年分の総所得金額は、事業所得二一四万二九九五円と同額とし、昭和六二年分の総所得金額を事業所得五三二万七二一〇円から短期譲渡所得二万五〇〇〇円を控除したものとした。)をしたが、別表一・二異議決定・審査裁決欄記載のとおり、決定及び裁決がされた。

4(一)  被告係官田中信弘(以下「田中係官」という。)は、昭和六三年七月二二日午後二時三〇分ころ、原告宅(当時は、平塚市上吉沢一三六七番地)に行き、原告の妻かつ(以下「妻かつ」という。)に対し、身分証明書及び質問検査章を提示して、昭和六〇年分ないし昭和六二年(以下「本件調査年分」といい、昭和六〇年分及び昭和六二年分を「本件係争年分」という。)の所得税の調査のため、臨場した旨を告げたところ、同女は、原告が不在であると述べた。そこで、田中係官は、妻かつに対し、事業の概況について質問したが、同女は来客中であると述べたので、昭和六三年八月二日午前一〇時に再度臨場する旨告げ、原告にもその旨を伝えるように依頼して、原告宅を辞去した。

(二)  田中係官は、昭和六三年八月二日午前一〇時ころ、原告宅に臨場したところ、原告は不在で、妻かつだけがいたので、原告が不在である理由を同女に質問したが、同女は、明確な理由を述べず、原告は夕方まで戻らないと答えるだけであった。そこで、田中係官は、やむなく調査を断念し、妻かつに対して、このような状況では税務署としても調査の予定が立たなくて困るので、その旨原告に伝えるよう依頼して、原告宅を辞去した。

(三)  田中係官は、右同日午後三時ころ、原告宅に電話したところ、原告が在宅していたので、原告に対し、不在理由を尋ねたが、原告は、調査を忘れていた旨申し立てたので、やむなく改めて同月二二日午後一時に原告宅に臨場することを原告と約した。

(四)  田中係官は、昭和六三年八月二二日午後零時五〇分ころ、被告係官菊地伸之(以下「菊池係官」という。)を伴って原告宅に臨場したところ、原告は、平塚民主商工会の会員を立ち合わせて、調査に応じようとした。そこで、田中係官らは、税務職員の守秘義務違反を理由に立会人の排除を求めたが、原告は、納税者の権利であるとして、立会排除を拒否し、論争となった。田中係官らは、立会人がいる限り調査はできないとして、同日午後二時三〇分ころ、調査をしないまま原告宅を辞去した。

三  争点及び争点についての当事者の主張

1  争点

本件における争点は、原告が、被告係員による税務調査の際、他の者の立会いを認めなければ調査に応じないなどと対応したことが、税務調査を拒否したことになり、被告が原告に対する推計課税をする根拠となるか(推計課税の必要性)、被告のした推計は合理性を有するか(推計の合理性)、また、原告のした実額反証の結果は信用し得るか(実額反証)である。

2  被告の主張

(一) 本件における推計課税の必要性について

(1) 原告に対する本件調査年分の所得税についての調査の経緯

被告は、原告の本件調査年分の所得税について、申告所得が低いと認められ、しかも、右各年分の確定申告書に記載されている事業所得に係る収支計算がいずれの年分も不明であったため、原告の本件調査年分に係る申告所得金額が適正であるかどうかについて、調査する必要があると考え、田中係官に原告の所得税の調査(以下「本件調査」という。)を命じた。

その後、前記争いのない事実4(一)ないし(三)の経緯があった後、田中係官は、昭和六三年八月二二日午後零時五〇分ころ、菊地係官を伴って原告宅に臨場した。

田中係官らは、原告に対し、身分証明書及び質問検査章を提示し、原告の所得税の調査のために臨場したことを告げ、調査に着手しようとした。ところが、平塚民主商工会の会員が調査の場に入って来て同席したうえ、原告に民主商工会事務局員はまだ来ないと話したりしていたため、田中係官は、原告に対し、右立会人を退席させるように要請した。しかし、原告は、自分が頼んで来てもらっているから、退席させるわけにはいかない、納税者にも権利がある、立会人も調査を妨害しようとして来ているわけではないなどと主張して、田中係官の右要請に応じようとしなかった。

そこで、田中係官は、税務調査に際して税理士等の資格のない第三者が立ち会うことは、税務職員の守秘義務違反となるから、立会人を退席させて調査に応じるよう説得し、また、菊地係官も、個人の生活のことなどの話が出る場合もあり、守秘義務に違反することになるから、立会人を退席させるように再三にわたって要請した。

しかしながら、原告は、本件調査とは関係のない、納税者の権利とか国政及び法律上の問題について議論を持ちかけるのみで、田中係官らの要請には全く応じなかった。また、田中係官らは、右には立会人に対しても退席を要請し、更に菊地係官は、立会人が退席して原告が一人残ることが困るなら、自分も一緒に退席する旨提案したが、右立会人は、これを拒否した。そこで、田中係官は、原告に対し、同係官らは所得税の調査に来たのであって、法律論争をするために来たのではないこと、立会人に退席してもらうことが絶対にできないのかを問いただした。しかし、原告は、国民の権利がだんだん狭められてきているのが現状であって、立会いは最後のとりでであるから、立会人の退席には応じられない、何回来ても同じであると応答した。田中係官は、原告に対し、そうであれば、税務署としては独自の調査をすることになる旨告げたが、原告は、反面調査でも何でもやってもらってよいなどと述べたため、田中係官らは、本件調査について、原告の協力を得ることができないとして、同日午後二時三〇分ころ、原告宅を辞去した。

(2) 推計の必要性

所得税法二三四条に規定する質問検査の範囲、時期、場所等の実施の細目については、実定法上特段の定めがないから、客観的にみて右質問検査の必要があり、かつ、相手方の私的利益との比較衡量において、社会通念上相当な限度にとどまる限り、権限のある税務職員の合理的な選択、裁量に委ねられている。そして、右質問検査は、被調査者の資産、営業上の秘密に立ち入らざるを得ないだけでなく、取引先である第三者の秘密事項にも調査が及ぶおそれがあるところ、税務職員には職務上知り得た秘密を漏らしてはならないという守秘義務があるのに対し、一般の私人にはこれがないから、税理士以外の当該調査に関係のない第三者の立会いを認めるならば、右守秘義務を定めた趣意に実質的に反する事態が生じることも考えられる。そこで、税務調査の際、税理士以外の第三者の立会いを許すかどうかは、権限のある税務職員の合理的な裁量に委ねられているのである。

ところで、本件においては、右のとおり、田中係官らは、昭和六三年八月二二日の税務調査において、約一時間三〇分もの時間をかけ、原告に対して、再三にわたって立会い人の退席及び調査への協力を要請したにもかかわらず、原告は、ことさら右立会にの問題にのみ固執し、田中係官らの調査に協力しない態度に終始したため、田中係官らは、それ以上帳簿書類の存否の確認及びそれらの査閲等に関する本件調査をすることができなかったのである。このように、田中係官らが、原告に対して立会人の排除を求めたのは正当な措置であり、また、原告が右調査に協力しないため、帳簿書類等の存否の確認及びそれらの査閲等に関する本件調査を進展させることができないと判断したことに違法はない。

したがって、このような状況のもとでは、原告の所得金額を実額で算定することは到底不可能であるとから、推計により所得金額を算定せざるを得ず、推計課税の必要性があった。

(二) 本件課税処分の根拠

(1) 被告が管轄する平塚税務署管内において個人で水道衛生工事業を営み、かつ、事業規模が原告に類似する者(その選定方法は後述のとおり、以下「比準同業者」という。)の昭和六〇年分及び昭和六二年分の総収入金額、売上原価の金額、売上原価率、算出所得金額(総収入金額から売上原価及び一般経費を控除した金額)、算出所得率、人件費等の金額及び人件費等率は、別表四の1・2記載のとおりである。これらに基づき原告の本件係争年分の総所得金額を計算すると、次のとおりである。

(2) 昭和六〇年分について

<1> 総収入金額(一七七八万六一五一円)

原告の昭和六〇年における売上原価は、別表三の昭和六〇年分の合計金額欄記載のとおり、少なくとも四九九万〇七九四円であるところ、比準同業者の売上原価率の平均値(平均売上原価率)は別表四の1の同欄記載のとおり、〇・二八〇六であるから、これで右売上原価を除すると一七七八万六一五一円となる。

<2> 売上原価額(四九九万〇七九四円)

原告の営む水道衛生工事業に係る、昭和六〇年における仕入金額は、被告が把握した限り、別表三の昭和六〇年分の合計金額欄記載のとおりであるが、年初及び年末の棚卸高については、原告の事業内容からみて各年分とも著しい変動がないものと認められるので、これを同額とすると、仕入金額売上原価となる。したがって、原告の昭和六〇年における売上原価は、少なくとも四九九万〇七九円となる。

<3> 算出所得金額(一〇〇二万七八三一円)

比準同業者の総収入金額に占める算出所得の割合の平均値(平均算出所得)は、別表四の1の同欄記載のとおり〇・五六三八であるから、これを右<1>の総収入金額(一七七八万六一五一円)に乗じると、一〇〇二万七八三一円となる。

<4> 特別経費(四〇九万九四二六円)

比準同業者の総収入金額に占める人件費等の額(給料賃金、雑給及び外注費の合計額)の割合の平均値(平均人件費等率)は、別表四の1の同欄記載のとおり〇・二二九〇であるから、これを右<1>の総収入金額(一七七八万六一五一円)に乗じると、四〇七万三〇二八円となる。

これに、原告が昭和六〇年中に中南信用金庫旭支店に支払った借入金の利子二万六三九八円を合計すると四〇九万九四二六円となるが、これが特別経費となる。

<5> 事業専従者控除額(四五万円)

妻かつに係る事業専従者控除額は四五万円である。

<6> 事業所得の金額(五四七万八四〇五円)

右<3>の金額から、右<4>・<5>の各金額を控除すると五四七万八四〇五円となるが、これが事業所得の金額となる。

(3) 昭和六二年分について

<1> 総収入金額(三〇二八万九五九七円)

原告の昭和六二年における売上原価は、別表三の昭和六二年分欄記載のとおり、少なくとも八八八万三九三九円であるところ、平均売上原価率は別表四の2の同欄記載のとおり、〇・二九三三であるから、これで右売上原価を除すると三〇二八万九五九七円となる。

<2> 売上原価額(八八八万三九三九円)

原告の営む水道衛生工事業に係る、昭和六二年における仕入金額は、被告が把握した限り、別表三の昭和六二年分欄記載のとおりであるが、年初及び年末の棚卸高については、原告の事業内容からみて各年分とも著しい変動がないものと認められるので、これを同額とすると、仕入金額が売上原価となる。したがって、原告の昭和六二年における売上原価は、少なくとも八八八万三九三九円となる。

<3> 算出所得金額(一七三九万五三一五円)

平均算出所得は、別表四の2の同欄記載のとおり〇・五七四三であるから、これを右<1>の総収入金額(三〇二八万九五九七円)に乗じると、一七三九万五三一五円となる。

<4> 特別経費(八三四万八八七四円)

平均人件費等率は、別表四の2の同欄記載のとおり〇・二七三五であるから、これを右<1>の総収入金額(一七七八万六一五一円)に乗じると、八二八万四二〇四円となる。

これに、原告が昭和六二年中に中南信用金庫旭支店に支払った借入金の利子六万四六七〇円を合計すると八三四万八八七四円となるが、これが特別経費となる。

<5> 事業専従者控除額(六〇万円)

妻かつに係る事業専従者控除額は六〇万円である。

<6> 事業所得の金額(八四四万六四四一円)

右<3>の金額から、右<4>・<5>の各金額を控除すると八四四万六四四一円となるが、これが事業所得の金額となる。

<7> 短期譲渡所得の金額

これは、総合課税の短期譲渡所得の金額であり、原告が確定申告書に記載したのと同額である。

<8> 総所得額(八四二万一四四一円)

右<6>事業所得の金額である八四四万六四四一円から、短期譲渡所得の金額であるマイナス二万五〇〇〇円を合計したものである。

(4) 推計の合理性

<1> 被告は、原告の事業所得の金額について、前記のとおり、原告の売上原価の額を基礎として、その金額を比準同業者の平均売上原価率で除して総収入金額を算出し、右総収入金額に比準同業者の平均算出所得率を乗じて算出所得金額を算出するとともに、右総収入金額に平均人件費等率を乗じて人件費等の額を算出し、右算出所得金額から右人件費等の額と利子割引料を差し引いて原告の事業所得の金額を算出するという推計の方法を採った。

被告は、右推計方法を採用するに際し、原告の比準同業者を抽出するに当たっては、原告が、水道衛生工事業を営む白色申告者であることから、原告の納税地を管轄する平塚税務署管内に事業所を有し、かつ、原告と同種の水道衛生工事業を営む個人事業者のうち、次のとおりの抽出基準を設け、本件係争年分ごとにその基準にすべて該当する者を別表四の1・2のとおり抽出した。

ア 本件係争年分にとおいて、青色申告の承認を受けた青色申告決算書を提出している者

イ 年を通じて水道衛生工事業を営んでいる者

ウ 青色事業専従者を一名有する者

エ 本件係争年分の売上原価の額が、原告のそれの半分以上二倍以下の範囲内である者

オ 災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者

カ 税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者及び当該処分に対して不服申立てがされ又は訴訟中でない者

<2> なお、右各比準同業者は、右<1>の条件を満たす者全員を洩れなく抽出しており、そこに恣意が介在する余地はなく、かつ、原告と業種及び事業規模等が類似している青色申告同業者の売上原価率、算出所得率、及び人件費等率の平均値を適用して、原告の事業所得の金額を算出したものであって、原告の実際の所得に近似した正確な数値が得られているから、右推計方法は合理性のあるものである。

(三) 本件各更正処分の適法性

被告が本件において主張する原告の本件係争年分の総所得金額は、右のとおり、昭和六〇年分が五四七万八四〇五円、昭和六二年分が八四二万一四四一円であるところ、本件各更正処分における原告の総所得金額は、昭和六〇年分が五一二万三二六六円、昭和六二年分が七九二万一五四三円であって、いずれの年分も被告が本件で主張する金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法である。

(四) 本件各賦決定処分の適法性

本件各賦決定処分は、国税通則六五条一項(昭和六〇年分については、昭和六二年法律第九六号による改正前のもの。以下同じ。)の規定に基づき、本件係争年分の更正処分によりそれぞれ納付すべき税額(同法一一八条三項により一万円未満の金額を切り捨てた金額)である、昭和六〇年分については四一万円に一〇〇分の五、昭和六二年分については八九万円に一〇〇分の一〇の各割合をそれぞれ乗じて計算した金額と、昭和六二年分については、同条二項の規定に基づき右納付すべき税額のうち五〇万円を超える部分に相当する税額に一〇〇分の五の割合を乗じた金額を加算した金額に相当する過少申告加算税額である、昭和六〇年分については二万〇五〇〇円、昭和六二年分については一〇万八五〇〇円をそれぞれ賦課決定したものであるから、いずれも適法である。

3  原告の主張

(一) 推計課税の必要性について

推計課税は、実額課税によることができない場合にやむを得ず用いられる補充的課税方法である、税務調査に対して資料の提出を拒むなどの非協力的な場合、帳簿書類等の資料を備え付けていない場合、帳簿書類等の資料の内容が不正確で信頼できない場合等に限り許されるとすべきである。

そして、右要件は推計課税による課税処分の効力要件と解すべきであるから、その必要性が存在しないのに、推計課税がされた場合は当該課税処分は違法となり、取り消されるべきである。

ところで、従前、被告管内では税務調査の際、平塚民主商工会会員及び同会事務局員が右調査に立ち会うことは認められていた。そこで、原告は、被告係官による本件調査に応じることとし、その旨を明らかにしたうえ、平塚民主商工会会員及び同会事務局員の立会いを求めたのであり、被告係官の右調査に協力しなかったわけではない。

なお、税務調査を受ける個人は、税法や税法に精通しているわけではないから、課税処分を目的とする税務職員の質問検査の際、これに十分対応して、自己の権利及び利益を守ることができないことに加え、税務調査の際、人権無視の強権的調査がされたり、税務職員と納税者間におけるやりとりが犯罪となる場合も想定されるため、税理士等の専門家以外の第三者が立ち会うことが必要である。また、税務調査における守秘義務が問題となるのは、納税者の個人的秘密以外にはあり得ないから、当該個人が立会いを求めた場合は、守秘義務は問題とならない。

(二) 推計の合理性について

原告は、個人の水道衛生工事業者であるが、同じ個人業者であっても、その業態には違いがあり、これが同一でない業者間の推計は合理性を有しない。

すなわち、<1>登録の有無(神奈川県企業庁又は平塚市公共下水道の登録工事店であるかどうかは、配管技能者及び責任技術者の有資格従業員の数の違い、事務所の広狭の差、建設業の有無等の事業規模の違いとなる。)、<2>工事対象地域の問題(公共下水道地域の工事を多く行う業者と、下水道が普及していない地域のため浄化槽設置工事を多く行う業者とでは、資材購入費と売上との関係は同比率ではない。)、<3>風呂、洗面、及び便器等の器具等の仕入れの有無(これらの器具の取付けについては、器具を施主又は元請けの工務店が購入して取付けだけをする方法と、水道衛生工事業者が器具を購入して取付けをする方法とがあるが、そのいずれを主に行っているかにより、資材購入費と売上との関係は同比率ではない。この点は、器具だけでなく水道衛生工事用の管材の購入についても同様である。)により、右業者間の売上等が異なる以上、これを無視して推計することは合理性を欠くことになる。

ところで、原告は、神奈川県企業庁又は平塚市公共下水道の登録工事店の登録をいずれもしておらず、しかもその工事対象地域における公共下水道は、昭和六〇年度には普及していなかったが、昭和六二年度には普及してきたという地域であって、原告自ら器具及び管材を購入して良心的価格で工事をする職人かたぎの水道衛生工事業を営んでおり、その売上原価率は高くなっている。

このような業態を無視した本件推計は合理性がない。

また、水道衛生工事業の場合は、外注費は売上原価を構成しているのであるから、これを売上原価に入れることなく、仕入れと売上とが近似した相関関係があるとすることはできないところ、本件推計では、外注費を売上原価に入れていないから合理性がない。

(三) 実額反証

(1) 原告の本件係争年分の売上金額及び事業所得金額は、別表五の昭和六〇年分及び昭和六二年分の各売上金額欄及び事業所得金額欄に各記載のとおり、昭和六〇年分の売上金額、売上原価及び事業所得金額は、それぞれ一〇〇四万五六六〇円、五〇五万五九七九円、二三八万〇〇〇五円であり、昭和六二年分のそれは、二一二〇万七三二〇円、八九九万二五二三円、四四四万三五一七円である。

なお、右売上金額、仕入れた器具及び管材の使用現場等の明細は、別表六の1・2記載のとおりであり、これらによれば、右原告の売上金額等が当該年分のすべてであることが裏付けられる。

また、被告が指摘する、右実額主張の裏付けとなる請求書、領収証の各綴りが必ずしも作成順となっていないことや請求書に対応する領収証が存在しないこと等には、それぞれ理由がある。

(2) 課税処分における収入金額と必要経費についての立証責任は、被告にあり、それに対する反証は、本証を揺るがす程度の立証で足りるから、実額反証においても、部分的に実額反証することも許される。

4  原告の主張に対する被告の反論

納税者である原告が、本件において、被告の推計による課税処分について、その課税処分額が所得の実額と異なるとして推計課税の違法性を立証するには、その実額が真実の所得金額に合致することを、その主張する収入金額がすべての取引先からの収入金額であり、その主張する経費が実際に支出され、かつ、その経費が収入に対応するものであることについて、合理的な疑いをいれない程度に立証すべきである。

そして、そのためには、収入金額及び必要経費を明確に記帳し、それにより取引の実態を正確に表示した帳簿書類等の存在が不可欠であるが、本件において、原告は、請求書及び領収書等の原始資料等を書証として提出したのみで、右原始資料等が正確かどうかを検討するための帳簿書類を一切提出しておらず、しかも、その主張する経費にはその裏付けとなるべき領収書等がまったく存在しないものも相当数あるばかりか、原告が提出した右領収書等が等には、その綴りが時系列になっておらず、洋式便器及び浄化槽の使用状況に不自然な点があるなど種々の疑問点があり、これをもって原告主張の実額を根拠づけることはできない。

第三争点に対する判断

一  推計の必要性について

1  所得税の課税は、本来、実額を調査した上で行われるべきであるが(国税通則法二四条、二五条)、信頼いし得る調査資料が存在しないなどの事由により実額を調査できない場合に、これを理由に課税をしないことが許されないことは、国民の納税義務及び租税負担公平の原則から明らかである。したがって、このような場合は、実額調査による課税に代える方法として推計により課税をすることができる(所得税法一五六条)。

このように、推計課税が許されるためには、実額調査を実施しようとしてもこれをなし得ない事由があったことが必要であるから、まず、本件において、原告に対する税務調査がいかなる経緯でなされたかを検討する。

前記争いのない事実、甲二九五号証、乙一号証の一ないし三、七号証、証人田中信弘の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。

(一) 原告は、肩書住所地で水道衛生工事業を営む、いわゆる白色申告の個人事業者であるが、被告に対し、昭和六〇年分及び昭和六二年分の所得について、別表一・二の各確定申告欄記載のとおり申告(昭和六〇年分の総所得金額は、事業所得一七八万〇九三〇円と同額であり、昭和六二年分の総所得金額は、事業所得二七一万八六二九円から短期譲渡所得二万五〇〇〇円を控除したもの。)した。

(二) 被告は、原告の本件調査年分の所得税について、建築関連業種が好調であるのに、原告の申告所得が低調であり、しかも、右各年分の確定申告書に記載されている事業所得に係る収入金額及び明細が記載されておらず、その収支計算がいずれの年分も不明であったため、原告の本件調査年分に係る申告所得金額について調査する必要があるとして、田中係官に原告の所得税の調査(本件調査)を命じた。

(三) 田中係官は、昭和六三年七月二二日午後二時三〇分ころ、原告宅に行き、原告の妻かつに対し、身分証明書及び質問検査章を提示して、昭和六〇年分ないし昭和六二年分(本件調査年分)の所得税の調査のため、臨場した旨を告げたところ、同女は、原告が不在であると述べた。そこで、田中係官は、妻かつに対し、事業の概況について質問したが、同女は来客中であると述べたので、昭和六三年八月二日午前一〇時に再度臨場する旨告げ、原告にもその旨を伝えるように依頼して、原告宅を辞去した。

次いで、田中係官は、昭和六三年八月二日午前一〇時ころ、原告宅に臨場したが、原告は不在であり、妻かつだけがいた。田中係官は妻かつに対し、原告が不在である理由を聞いたが、同女は、原告は夕方まで戻らないと答えた。そこで、田中係官は、やむなく調査を断念し、妻かつに対してこのような状況では税務署としても調査の予定が立たなくて困るので、その旨を原告に伝えるよう依頼して、原告宅を辞去した。

田中係官は、右同日午後三時ころ、原告宅に電話したところ、原告が在宅していたので、原告に対し、不在理由を尋ねたが、原告は、調査を忘れていた旨申し立てたので、改めて同月二二日午後一時に原告宅に臨場することを約束した。

田中係官は、昭和六三年八月二二日午後零時五〇分ころ、菊地係官を伴って原告宅に臨場し、原告に対し、身分証明書及び質問検査章を提示した上、原告の所得税の調査のために来たことを告げて、調査に着手しようとした。すると、原告が、立会いを依頼していた平塚民主商工会の会員が、原告及び田中係官らのいる部屋に入って来たため、田中係官は、原告に対し、誰であるかを聞いたが、原告は、知合いであるとのみ答えその氏名や原告との関係等については説明しなかった。原告及びその男性は、民主商工会事務局員はまだ来ないから、電話しようかなどと話したりしていたため、田中係官は、原告に対し、右立会人を退席させるように要請した。しかし、原告は、頼んで来てもらっているから退席させるわけにはいかない、調査の妨害はしない、納税者にも権利がある、税務署が調査したいというからこうして仕事を休んでいる、書類を見てほしいなどと言って、田中係官の要請には応じようとしなかった。

そこで、田中係官は、税務調査に際して税理士等の資格のない第三者の立会いは、税務職員の守秘義務違反となるから認められないので、立会人を退席させて調査に応じるよう述べた。また、菊地係官も、税務調査の際には、取引の細かい内容の話をしたり、個人の生活のことなどの話が出る場合もあり、守秘義務に違反することになるなどと話して、立会人を退席させるように要請した。

しかし、原告は、右男性を退席させようとせず、納税者の権利や国政及び法律についての話題を持ち出して、田中係官らの要請には応じようとしなかった。また、田中係官らは、右男性に対しても退席を要請し、男性が退席して原告が一人残ることは困るというなら、菊地係官も一緒に退席するなどと提案したが、拒否された。そこで、田中係官は、原告に対し、同係官らは所得税の調査に来たのであって、法律論争をするために来たのではない、立会人に退席してもらうことが絶対にできないのかと問いただした。

これに対し、原告は、国民の権利がだんだん狭められてきているのが現状であって、立会いは最後のとりでであるから、立会人の退席には応じられない、何回来ても同じであるなどと答えた。田中係官は、原告に対し、そうであれば、税務署としては独自の調査をすることになるなどと言ったが、原告は、反面調査でも何でもやってもらってよい、立会い人を認めないから仕方がないなどと述べた。田中係官らは、本件調査について、原告の協力を得ることができないとして、同日午後二時三〇分ころ、原告宅を辞去した。

(四) 被告は、原告の仕入れ額について、仕入先の調査(反面調査)した上、これに基づき推計して、その総収入額を算出し、平成元年三月一四日付けで、昭和六〇年分及び昭和六二年分の所得金額について昭和六〇年分更正処分及び昭和六二年分更正処分並びに昭和六〇年分賦課決定及び昭和六二年分賦課決定をした。

(五) 原告は、被告に対し、昭和六〇年分更正処分及び昭和六二年分更正処分について、別表一・二の各異議申立て欄・審査請求欄記載のとおり各異議申立て及び審査請求(異議申立てにおいては、昭和六〇年分の総所得金額は事業所得一七八万〇九三〇円と同額とし、昭和六二年分の総所得金額を事業所得二六九万三六二九円から短期譲渡所得二万五〇〇〇円を控除したものとしたが、審査請求においては、昭和六〇年分の総所得金額は事業所得二一四万二九九五円と同額とし、昭和六二年分の総所得金額を事業所得五三二万七二一〇円から短期譲渡所得二万五〇〇〇円を控除したものとした。)をしたが、別表一・二の異議決定・審査裁決欄記載のとおり、決定及び裁決がされた。

2  ところで、所得税法二三四条一項によれば、税務職員は税務調査を行うに当たり、質問検査をなし得るが、これは税の公平確実な賦課微収を図るために税務調査のひとつの方法手段として規定されたものである。しかし、その質問検査の範囲、時期、場所等の実施の細目については、実定法上特段の定めがないから、それが客観的に必要性があり、その程度が社会通念上相当である限り、その範囲、程度、時期等の実施の細目については、権限ある税務職員の合理的選択にゆだねられていると解すべきである。

そして、右質問検査は、被調査者の資産、営業上の秘密に立ち入らざるを得ないだけでなく、取引先である第三者の秘密事項にも調査が及ぶおそれがあり、税務職員及び税理士には職務上知りえた秘密を漏らしてはならないという守秘義務があるのに対し、一般の私人にはこれがないから、税理士以外の当該調査に関係のない第三者の立会いを認めると、右守秘義務を定めた趣意に反する事態が生じることも考えられる。そこで、税務調査の際、税理士以外の第三者の立会いを許すかどうかは、権限のある税務職員の合理的な裁量にまかされていると解すべきである。

したがって、税務職員が税務調査を行うに当たり、事前に通知するかどうか、求められた調査理由を開示するかどうか、及び立会人を認めるかどうかなどについては、当該税務職員の裁量にまかされていることになる。

そして、前記事実関係のもとにおいて、本件にかかわる田中係官らの右判断及び対応等に、右税務職員としての裁量を逸脱しているなどの違法・不当な点があったとは認められない。

結局、本件においては、前記のとおり、田中係官らは、昭和六三年八月二二日の税務調査の際、約一時間三〇分の時間をかけて、原告に対して、再三立会人の退席及び調査への協力を要請したのに、原告は、右立会いの問題にこだわって、田中係官らの調査に協力しない態度を取り続けたため、田中係官らは、関係帳簿書類の存否の確認等の調査をすることができなかったことになる。したがって、田中係官らが、原告に対して立会人の排除を求めたのは正当であり、しかも、原告が右調査に協力しないため、帳簿書類等の存否の確認及びそれらに関する本件調査を進展させることができないと判断したことに違法はないというべきである。また、原告が、被告の税務調査に協力しなかったのであるから、被告において、昭和六〇年分及び同六二年分の原告の所得金額を実額で把握することができなかったというべきである。

以上によれば、このような状況のもとで、本件係争年分の原告の所得金額を実額で算定することは到底不可能であるから、推計により所得金額を算定せざるを得ず、推計課税の必要性があったというべきである。

原告は、推計課税は、実額課税によることができない場合にやむを得ず用いられる補充的課税方法であり、税務調査に対して資料の提出を拒むなどの非協力的な場合、帳簿書類等の資料を備え付けていない場合、帳簿書類等の資料の内容が不正確で信頼できない場合等に限り許されるとすべきであり、本件においては、従前、被告管内では税務調査の際、平塚民主商工会会員らが右調査に立ち会うことが認められており、原告は、被告係官による本件調査に応じることとし、その旨を明らかにした上、同会員らの立会いを求めたのであり、被告係官の右調査に協力しなかったわけではなく、税務調査における守秘義務が問題となるのは、納税者の個人的秘密以外にはあり得ないから、当該個人が立会いを求めた場合は、守秘義務は問題とならないなどと主張する。

しかし、前記事実のとおり、原告は田中係官から第三者の立会いは認めない旨、何度も告げられているのに、これに応じなかったのであるから、本件は、原告自身の主張する「税務調査に対して資料の提出を拒むなどの非協力的な場合」であるというべきである。また、過去に被告管内における税務調査の際、第三者の立会いを認めた例があるとしても、それは、税務調査を担当した係官の合理的裁量の範囲内の問題であるから、そのような事例があったからといって、原告において、本件でも当然に第三者の立会いを要求することができるというわけではない。

更に、原告が守秘義務に関して主張するところについては、前述のとおりであって、その主張は採用することができない。

二  推計の合理性について

次に被告が採用した推計課税の方法については、その内容が実額調査に代わる方法となり得るだけの合理性を有していなければならないから、以下において、右合理性の存否について検討する。

乙二号証の一ないし四、三号証の一ないし四、証人岩永宣孝の証言、原告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によれば、次のとおりの事実が認められる。

1  被告は、原告の事業所得の金額について、別表三のとおり、工事材料等を販売した業者を調査(反面調査)することにより把握した昭和六〇年及び同六二年の原告の各仕入金額を原告の売上原価額の基礎として、その金額を、後記3のとおり、被告が管轄する平塚税務署管内において個人で水道衛生工事業を営み、かつ、事業規模が原告に類似する者(比準同業者)の平均売上原価率で除して原告の総収入金額を算出し、右総収入金額に比準同業者の平均算出所得率を乗じて算出所得金額を算出するとともに、右総収入金額に平均人件費率を乗じて人件費等の額を算出し、右算出所得金額から右人件費等の額と利子割引料を差し引いて原告の事業所得の金額を算出するという推計方法を採った。

2  原告の年初及び年末の棚卸高はその事業内容及び事業規模からみて著しい変動がなく、また原告には、原告の営む事業に専ら従事する原告と生計を一にする親族(事業用専従者)の妻かつの一名しかいないため、被告は、反面調査により把握した各仕入金額をもって売上原価とみなし、かつ、事業専従者控除額を控除し、事業所得の金額を算出所得金額と同額とした。

3  被告は、右推計方法を採用するに際し、原告の比準同業者を抽出するに当たって、東京国税局からの平成三年四月二三日付け「税務訴訟に関する資料の作成及び報告について(通達)と題する書面により、原告の納税地を管轄する平塚税務署管内における、昭和六〇年分及び同六二年分の比準同業者を抽出した。

その方法は、原告が、水道衛生工事業を営む白色申告者であることから、原告の納税地を管轄する平塚税務署管内に事業所を有し、かつ、原告と同種の水道衛生工事業を営む個人事業者のうち、<1>本件係争年分において、青色申告の承認を受けた青色申告決算書を提出している者、<2>年を通じて水道衛生工事業を営んでいる者、<3>青色事業専従者を一名有する者、<4>本件係争年分の売上原価の額が、原告のそれの半分以上二倍以下の、いわゆる倍半基準の範囲内である者、<5>災害等により経営状態が異常であると認められる者以外の者、<6>税務署長から更正又は決定処分を受けている者のうち、当該処分について、国税通則法又は行政事件訴訟法の規定による不服申立期間及び出訴期間が経過している者及び当該処分に対して不服申立てがされ又は訴訟中でない者という抽出基準を設け、所得納税申告書の職業欄、青色決算書等の業種各欄等から分類した被告の内部資料である業種別名簿に基づき、本件係争年分ごとにその基準にすべて該当する者を別表四の1・2のとおり機械的に抽出した。

これらに基づく本件係争年分の原告の所得等についての計算結果は、前記被告の主張のうち、(二)の本件課税処分の根拠のとおり、昭和六〇年分の総収入金額は一七七八万六一五一円、売上原価額は四九九万〇七九四円、算出所得金額は一〇〇二万七八三一円、特別経費は四〇九万九四二六円、事業専従者控除額は四五万円(妻かつに係る事業専従者控除額)、事業所得の金額は五四七万八四〇五円であり、昭和六二年分は総収入金額は三〇二八万九五九七円、売上原価額は八八八万三九三九円、算出所得金額は一七三九万五三一五円、特別経費は八三四万八八七四円、事業専従者控除額は六〇万円(妻かつに係る事業専従者控除額)、事業所得の金額は八四四万六四四一円、短期譲渡所得の金額はマイナス二万五〇〇〇円であり、その結果、総所得額は八四二万一四四一円となる。

右によれば、被告が本件において採用した推計方法は、それ自体から明らかなように恣意的作為の介在する余地が少ないものであるばかりか、具体的にも算定の基礎とした仕入金額(売上原価)の把握方法とその結果、原告と業種及び事業規模等が類似する比準同業者の抽出過程とそれに基づく売上原価率及び算出所得率の平均値の算出方法においても相当であると認められ、これらを用いて原告の事業所得金額を算出することにより、原告の実際の所得に近似した数値が得られるものと考えられるから、原告の所得の推計方法として社会通念上合理性があるものとしてこれを是認することができる。

なお、原告は推計の合理性について、原告は、個人の水道衛生工事業者であるが、同じ個人業者であっても、その業態には、<1>登録の有無、<2>工事対象地域の問題、<3>風呂、洗面、及び便器等の器具等の仕入れの有無等の違いがあり、その結果、右業者間の売上等が異なる以上、これを無視して推計することは合理性を欠くことになるが、原告は、神奈川県企業庁又は平塚市公共下水道の登録工事店の登録をいずれもしておらず、しかもその工事対象地域における公共下水道は、昭和六〇年度には普及していなかったが、昭和六二年度には普及してきたという地域であって、原告自ら器具及び管材を購入して良心的価格で工事をする職人かたぎの水道衛生工事業を営んでおり、その売上原価率は高くなっているから、このような業態を無視した本件推計は合理性がないばかりか、水道衛生工事業の場合は、外注費は売上原価を構成しているのであるから、これを売上原価に入れることなく、仕入れと売上とが近似した相関関係があるとすることはできないところ、本件推計では、外注費を売上原価に入れてないから合理性がない、と主張する。

しかし、前記認定の事実によれば、原告は、水道衛生工事業を営むところ、同業ということで売上原価について倍半基準により、選定した類似する同業者の平均売上原価率及び平均算出所得率をもって所得の推計をする以上、ある程度の偏差はこれに吸収されると解されること、そもそも原告の主張するような業態の違いを考慮に入れた比準同業者を選定することは極めて困難であると考えられること、原告主張の業態を考慮した選定によれば、具体的にどのような平均売上原価率になるのかも明らかではないことからすると、本件において、比準同業者を原告主張のように厳密に抽出しなくても、その合理性が損なわれるとはいいがたい。

また、原告主張のように、外注費を売上原価に入れてないとしても、本件推計は、事業規模の近似性を有する業者が選択されており、これに一応の合理性がある以上、この方法によった本件推計が必然的に不合理となるともいえない。したがって、右主張は採用することができない。

三  実額反証について

1  所得税の課税は、本来、実額に対してされるべきであるから、被告がした本件推計課税につき、その必要性と合理性が認められるとしても、その後、原告が帳簿等による実額に基づく反論をし、真実の所得を明らかにするのであれば、それを課税標準とすべきであるが、原告の収入金額や必要経費等は、原告自身が最もよく知っているのであるから、被告の推計課税に対し、原告が実額反証を試みる以上、原告が主張する売上金額が存在することが立証されるだけでなく、実際の売上がそのすべてであって、右主張額を上回るものでないことが立証されなれけばならず、これは売上原価及び必要経費についても同様であり、いずれもその主張額の存在のみならず、実際の売上原価及び必要経費がこれらを下回るものでないことが立証されなければならないし、その収入(売上)と経費とが対応することも立証されなければならない。

したがって、課税処分における収入金額と必要経費についての立証責任は、被告にあり、それに対する反証は、本証を揺るがす程度の立証で足りるなどという原告の主張は失当である。

2  そこで、以下この点を検討する。

原告は、原告の本件係争年分の売上金額及び事業所得金額は、別表五の昭和六〇年分及び昭和六二年分の各売上金額欄及び事業所得金額欄に各記載のとおり、昭和六〇年分の売上金額、売上原価及び事業所得金額は、それぞれ一〇〇四万五六六〇円、五〇五万五九七九円、二三八万〇〇〇五円であり、昭和六二年分のそれは、二一二〇万七三二〇円、八九九万二五二三円、四四四万三五一七円であるとし、右売上金額、仕入れた器具及び管材(パイプ)の使用現場等の明細は、別表六の1・2記載のとおりであると主張する。

しかしながら、納税者である原告が、本件において、被告の推計による課税処分について、その課税処分額が所得の実額と異なるとして推計課税の違法をいうには、その実額が真実の所得金額に合致することを、前項1のとおり、合理的な疑いをいれない程度に立証すべきである。そのためには、収入金額及び必要経費を明確に記帳し、それにより取引の実態を正確に表示した帳簿書類等の存在が不可欠である。

ところで、原告は、売上に関する書証として、見積書、領収書、請求書、工事別台帳及び陳述書等(甲号各証)を提出しているが、これに原告本人の供述するところを総合すれば、一応原告主張の実額についての証拠は存在するかのようである。

しかしながら、これを詳細に検討すれば、次に例示するように右書証、原告本人の供述内容等には不自然、不合理な点が多々あって、証拠としては不十分であり、原告主張の総売上をそのまま認定することはできないというべきである。

すなわち、本件において、原告は、請求書及び領収書の原始資料等を書証として提出したのみで、それらが正確なものかどうかを検討するための帳簿書類等を一切提出しておらず、しかも、その主張する経費にはその裏付けとなるべき領収書等が存在しないものも相当数あるばかりか、原告が提出した右領収書等には、その綴りが時間的に前後しているものがあり、また、工事現場における洋式便器及び浄化槽の使用個数等の状況について、例えば、大庭邸で使用したという洋式便器の数が、請求書(甲四七号証の一)及び工事別台帳(甲一八六号証の一)の各記載(各一個)と陳述書添付の仕入品の使用現場表(甲二九三号証の昭和六〇年一二月一〇日と同月一三日欄)の記載(合計二個)とが合わないなど、不自然な点がある。これらについて、原告は陳述書や本人尋問において、一応その説明をしているが、その供述内容は専ら記憶に基づくものであり、他にこれを裏付ける的確な資料を欠くから、直ちに信用することができず、これらをもって原告主張の実額を根拠付けることはできないといわざるを得ない。

結局、本件係争各年の売上額に関する原告の主張は到底そのまま信用することができないから、その余の点を判断するまでもなく、原告の実額の主張は採用の限りではない。

第四結論

そうすると、被告が本件において主張する原告の本件係争年分の総所得金額は、右のとおり、昭和六〇年分が五四七万八四〇五円、昭和六二年分が八四二万一四四一円であるところ、本件各更正処分における原告の総所得金額は、昭和六〇年分が五一二万三二六六円、昭和六二年分が七九二万一五四三円であって、いずれの年分も被告が本件で主張する金額の範囲内であるから、本件各更正処分は適法であり、これらの金額を前提としてされた本件賦課決定もまた適法である。

よって、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 浅野正樹 裁判官 秋武憲一 裁判官 今井弘晃)

別表一

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表二

本件課税処分等の経緯

<省略>

別表三

仕入金額の取引先別の内訳

<省略>

別表四の1

個人水道衛生工事業の比準同業者(昭和60年分)

<省略>

別表四の2

個人水道衛生工事業の比準同業者(昭和62年分)

<省略>

別表五

昭和60年分及び62年分の収支内訳書

<省略>

別表六・1

昭和60年度売上等明細一覧表

<省略>

昭和60年度売上等明細一覧表

<省略>

<5> その他の仕入金額、砂利、砂、セメント 計33,970円 <6> 金具、継手、軍手、接着剤、工具等 計516,921円

<7> 量水器及び部品 計19,600円 <8> 60年12月31日現在の在庫計576,628円

<4>+<5>+<6>+<7>+<8>合計、5,055,979円

別表六・2

昭和62年度売上明細及び仕入明細

<省略>

別表六・2

昭和62年度売上明細及び仕入明細

<省略>

<6> その他の仕入金額 砂利、砂、セメント 計248,141円 <7> 金具、継手、軍手、接着剤、工具等 計1,334,106円

<8> 在庫499,889円

<5>+<6>+<7>+<8>合計9,833,408円-前年在庫840,885=8,992,523円

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